バレンタインデー 3.噂の手作りチョコレート 前日とは一転、今日の気温は2月とは思えないほど温かい。 窓ガラスを通して差し込む光を浴びながら今日は非番のドランがウトウトしていた。 「ドラン!!」 しかし心地よいまどろみは、乱入してきた少年によって遮られる。 ハッと目を覚ましたドランは驚いた顔のまま弟に振り返った。 「な…何よ、大きな声出して!脅かさないでちょうだい!」 垂れかけていたよだれをこっそりと拭いながら目をぱちぱちとさせる。 ドードは走って来たらしく、息を切らせていた。 「バレンタインデーってチョコレートをあげるんじゃ無かったのかよ!?」 「…ハァ?何よ突然…」 「ドランが『チョコレートをあげる日だ』って言うし遊び友達は『チョコレートの数で勝負だ』って言うから『チョコレートを沢山プレゼントした奴の勝ち』なんだと思ったんだよ!そしたら『貰った数が多い奴が勝ち』だって…!」 ドードは拳を握りしめて力説する。 ドランの頭の中はまだ少し寝惚けていたが、このドードの言葉を聞いてプッと吹き出した。 「アンタ、何勘違いしたんだか知らないけどバレンタインデーは『女の子が男の子にチョコレートをあげる日』よ!男の子は貰うだけ。アンタの友達は『貰った数が多い男が一番モテる奴だ』って勝負をしたかったのよ」 「そっ…ドラン!騙したな!」 「騙した?アンタが勝手に勘違いしたじゃない?アタシが何も用意してないの見てたでしょ?」 「そ…それは!ドランがオカマだから用意しないのかと…!」 ドードの言葉を聞いたドランの眉がつり上がった。 『オカマ』という言葉が気に入らなかったらしい。 「オカマ!まぁ失礼ね!アタシね心はれっきとしたオ・ト・コ・よ!」 そしてドードもまた眉をつり上げる。 ポケットからいかにも軽そうな財布を取り出してドランに突きつけた。 「俺は…!『オトコノカイショー』ってやつの勝負だと思ったから女友達全員の分用意したんだぞ!お陰で小遣い全部使っちまったじゃねーか!」 「うっ…それは…」 言いながらドードはがま口を開く。 その中には硬貨どころかチリのひとつも残っていない。 開かれたがま口財布の悲しい有り様を見てさすがのドランも可哀想に思えてきた。 「しかも『男なのにチョコレート持ってきた!』とか言われて馬鹿にされるし…チョコレートは受け取って貰えたけどさー…チョコレート貰ったけどさー…!」 「う…うー…」 ドランの目が泳いだ。 確かに説明不足はあったしきちんと理解して貰えていないような違和感はあった。 心許ないお小遣いをはたいてチョコレートを用意したにもかかわらず馬鹿にされてしまったドード…さすがに可哀想すぎる。 「…アタシが悪かったわ…確かに説明不足だった」 「……」 素直に謝ったドランを見てドードの怒りがゆっくりとおさまっていった。 財布を握っていた手が静かに閉じられ、下に落ちる。 「…いや、俺もちゃんと聞かなかったし…悪かったよ」 「いえ、アタシの言い方がまずかった。今度パフェでも奢ってあげるわ」 「…じゃあチョコレートパフェがいい」 「良いわよ。チョコでも何でも奢ってあげる」 言って二人は顔を見合わせ、ニヤリと笑った。 兄弟であると言う以上に、二人はある意味で悪友のような関係でもある。 「で、アンタチョコレートいくつ貰ったのよ?可愛い女の子からも貰えたの?」 「そりゃ勿論沢山貰ったっつーの!ヒミコからもチョコレート届いたんだぜ?しかも納豆チョコ!食えねーっつーの!」 「…あのコ、アンタのこと納豆好きだと勘違いしてるんじゃない?」 「…かもしんない」 「仕方ないからアタシが食べてあげるわよ」 「ええー!?俺が貰ったヤツだぞ!」 「食べられないのに何言ってるのよアンタは」 明るい日差しの差し込む窓際で、二人はそんな調子で戦果の報告を続けた。 そしてドランは自分がもうひとり中途半端な説明をした相手が居たことをすっかり忘れているのだった。 「え?バレンタインデーって好きな人にチョコレートをあげる日だって聞きましたけど…」 小さなカフェで『中途半端な説明』を受けたもうひとりが、チョコレートをあげた相手と話をしていた。 「そ…それは間違ってないみたいだけど、プレゼントするのは『女から男に』だって…」 「え…ええええ!?」 聖樹は動揺するあまりに手にしていたコーヒーを溢し掛ける。 そんな姿を見て、向かいに座っていたドルクはクスリと笑った。 「あ…あの!私は決して…その、ドルクさんを男の人扱いしたかったわけではなくて…ただ、その、あの…!」 「分かっている。私も聖樹にチョコレートをあげたし、交換したってことで良いと思う」 「す…すみません」 しょげてしまった聖樹に、ドルクは優しく言った。 「どうして謝るの?チョコレート、美味しかった。嬉しかった。…ありがとう聖樹」 優しい声音で言うドルクに、しょげていた聖樹の顔が明るくなった。 ほのかに頬が赤くなる。 「こ、こちらこそ!ありがとうございました!」 言って二人は見つめ合い、笑い合う。 ドードにとってドランの説明不足は災いだったようだが、聖樹によってはそうでなかったようだ。 |