二人の休日
5.隊長の作戦


 広場の時計は11時を少し回っていた。日差しが強くなり、空気が暖かくなってくる時刻。昼食には少し早いが朝から仕事に励む人々の腹の虫はこんな時間に鳴き始める。あと一時間もすれば商店街の飲食店は大忙しになるのだろう。
しかしながら今は未だその時間ではない。広場に程近い位置にあるオープンカフェにはちらほらと数える程度の人影しか無かった。
そんな人々の中に一組の男女。言わずもがな、聖樹とドルクの二人だった。パラソルつきの円テーブルに向かい合って座りお茶を楽しむ二人。しかしその様子はデート中のカップルと言うには少し問題がある様だった。
 視線を動かし、首を動かし、周囲の様子を探っているらしいドルク。あまりにも落ち着かない緊張した様子に聖樹もつられて緊張してしまう。
「あの…ドルクさん?」
 目の前で何やらそわそわと落ち着かないドルクに聖樹が恐る恐る声をかけた。ドルクの手元にあるグラスには並々と茶色い液体が注がれており、手をつけた形跡が無い。席についてからもう20分は経っているというのに。
「……ドルクさん?どうかしたんですか?」
「あ…いや、すまない聖樹。何でもない…」
 反応の無いドルクに再び聖樹が声を掛けるとドルクは漸く聖樹の方を向いた。それでも視線は何故か聖樹の斜め右後ろや真横をちらりちらりと気にしている。聖樹もさり気なくそちらを見てみるが、子供が一人遊んでいるだけだった。
「…その…お茶、苦手でした?」
「いや、苦手じゃない…けど…その…」
 首を傾げる聖樹にの顔を見てから、ドルクはグラスに刺さったストローにやっと口をつける。半透明な管の中を茶色の帯が上っていくのを見て聖樹も自分の飲み物に口をつけた。
 日光が机の上を照らす。テーブルに置かれたドルクの白い手にほんの少し明るい色が差していた。澄んだ空気が心地よい午前中。良い日になりそうな予感がする。
「それにしても、今日は晴れて良かったですね。昨日の夜雨が降ったから心配だったんです。てるてる坊主を作った甲斐がありました」
「……」
「……ドルクさん?」
 油断をするといつの間にかドルクはまたそわそわと視線を動かして黙り込んでしまう。折角の二人きりの時間だというのに…聖樹は何だか少し寂しいような悲しいような気持ちになった。
 今日は朝からこんな調子だった。初めはごく自然ないつもと変わらない様子のドルクだったのだが、洋服店に入った後からどこか上の空。視線をあちこちに動かしては何故か険しい表情をして黙り込んでいる。自分が何かしたのか、それとも慣れないショッピングで落ち着かないのか…と、とりあえずカフェに入ってみたのだったが、変わらずこの調子だ。
 聖樹はドルクと一緒にいられて嬉しい。しかし自分嬉しくはあってもドルクが楽しんでいないのなら自分は楽しくない。折角二人の休日を過ごすのだからドルクにも楽しんで欲しいのに、一体どうしたというのだろうか。
「ドルクさん…何か、気になることでもあるんですか?」
「……」
 意を決してそう尋ねると、聖樹の右斜め後ろを見ていた視線がためらいがちに聖樹の顔の上へと戻った。何か思い悩んでいるような表情でドルクは口を開いた。
「さっきから、視線を感じて…」
「視線?」
 聖樹は振り向いてドルクが見ていたらしい方向を見た。そこにはドードと同じくらいの年頃の少年少女たちが3人集まって何事か話をしている。聖樹がそちらを向いてすぐに彼らはどこかへと駆け去った。
「あの子達、さっきからずっと居て…」
「待ち合わせでもしてたんじゃないですか?」
「そうじゃなくて」
 聖樹が小首を傾げるとドルクは困った風に言った。
「初めに洋服を見に行ったあたりからずっと居て」
「え…?」
「あの子達だけじゃなくて…さっきから、子供を沢山見ると思わない?」
 視線を動かし、周囲を一周見渡して聖樹はドルクが言いたいことをようやく理解した。聖樹とドルクを中心にして子供があわせて5組ほど遠巻きに立っていた。特にこちらを凝視している訳ではないがその視線が時折聖樹とドルクの方を向く。ドルクはその視線が気になっていたのだ。
「どうしたんでしょうね…」
「なんだか…あまり良い感じがしなくて」
「……」
 聖樹は不安そうなドルクに微笑んで見せた。
「きっと、興味があるんですよ」
「興味?」
「なんて言うか…ほら、私とドルクさんが二人きりで居るから…」
 子供と言うのはませたものだ。男女が二人きり、デートをしている現場に出くわしたら気になってしまうのも仕方ないだろう。きっと彼らは聖樹とドルクがこの後何処へ行って何をするのか気になって仕方ないのだ。
 ドルクは聖樹の言葉に少し赤くなった。そう言えば弟のドードもこういったことに興味津々の様子で何かとドルクに聖樹との仲を聞いてくる。ドルクやドランに対して普段大人ぶって気取っているドードでさえあの調子なのだから普通の子供たちが気にするのも当たり前のことなのかもしれない。
「あまり気にしなくても大丈夫ですよ。それより、折角のお休みなんですからゆっくりしませんか?」
「……うん」
 聖樹の言葉に漸くドルクは頷いて、微笑を返した。それを見た聖樹もまた微笑む。二人は何処からどう見てもデート中のカップルだった。


「…と、言うようなことを話していました隊長!」
「よくやった!お前は少佐に昇進だ!」
「ありがたき幸せ!」
 双眼鏡を手にしたドードは報告を終えた少年に緑色のバッヂを手渡した。日光を弾く綺麗なバッヂにはドードの手描きらしき「しょうさ」という文字が書かれている。
「隊長!目標がこちらに勘付いているかもしれません!」
「何!?」
 ビルの屋上へと三人の少年少女が駆け込んできた。それはまさに先ほど聖樹とドルクをこっそりと見ていたあの三人である。
「作戦がばれたか…!?」
「大丈夫みたいよ、ドード」
 焦るドードに冷静にドランが言った。町のあちこちが見渡せるほどの高さのビル。その屋上にドードとドラン、そしてドードの仲間の少年少女たちが佇んでいた。
 自分たちが近づくとドルクはすぐに勘付いてしまう。それならば、面識の無い町の少年少女に手伝わせて二人のデートを覗き見してはどうだろうか、とドードは考えたのだ。幸いドードは町の子供たちに一目もニ目も置かれており、遊びの一貫として彼の頼みをすぐに聞いてもらえたのだった。
「私たちの存在に気付かない限り、あの二人はそう簡単にデートを取りやめたりしないわよ。何せ、待ちに待ったデートの一日なんですものね」
「そう…かなぁ?」
「そういうものなのよ。アタシの言うことを信じなさいな」
 言ってドランは弟の頭をポン、と叩いた。
「それでは隊長!引き続き尾行を行います!」
「よし、頼んだぞ、少佐!」
 少佐に任命された少年は楽しそうに敬礼して町へと降りて行った。その後姿を見送ってからドードは双眼鏡を覗き込む。
 二人の休日はまだ始まったばかり。邪魔をしたいわけではなく、ただ二人が安泰に一日を楽しむところを見守りたいだけなのだ。
 なにせドルクは…

(俺たち兄妹の中でも特にトラブルを起こしやすいからなぁ…)




ミニあとがき
作戦を変更し、遠くから見守ることにしたドードとドラン。
果たして二人の休日は無事に終わるのだろうか!?
次回…で終わりにしたい…な♪(汗)



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