休日の話
3.フリルの勝負


 鏡の前に立ったドルクは自らの姿を目の当たりにして死にたくなった。 胸元の大胆に開いた青いワンピース。 広がった袖のせいで手が非常に使いにくく、スカートの裾にはレースがふんだんに使われて足にまとわりつく。
 普段動きやすいパンツスタイルのドルクには考えられない姿だった。 確かに幼い頃はこんな服を着ていたこともあった。 ドランはその頃のことを思い出してこんな服を勧めたのかもしれないが、今のドルクにはあまりに懐かしすぎてどんな風に着ればいいのか分からないくらいだった。 一応記憶を頼りに着ることは出来たのだが、鏡に映る自分の姿があまりにも不自然な気がして思わず目をそらしたくなった。
「ドルク?ちゃんと着れた?」
 そんな声と同時に試着室の扉が固いノック音を奏でる。 飛び上がるほど驚いて振り返ると、中途半端な扉の下からドランの細い足が覗いていた。
「着替えが終わったら見せて頂戴。今日はコレが一番の楽しみなんだから」
「な…」
 ドルクは動揺した。 自分自身でさえ直視できないこの姿をドランとドードに晒すことなど、考えられないことだった。 昨日「デート」で笑い転げたドードはいざ知らず、ドランにしてもこの姿をネタに一週間はからかわれそうな予感がした。
「いや…あの…」
「着方が分からないなら店員を呼んできてあげるわよ?」
「いや、そうじゃなくて…」
 しどろもどろのドルクの声が木製の扉越しにドランに応える。 やはりこんな服は自分には無理だ。 ドランやドード、ましてや聖樹にこの姿を見せるなんて到底考えられない。 困った挙句にドルクは言った。
「ドラン…やはり私にはこんな服、無理だ。こんな格好で聖樹に会うなんて出来ない…」
 自嘲の笑みが浮かんだ。 ドランとドードに連れられてここまでやってきたけれど、見せられる洋服はどれもこれも馴染みのないものばかり。 まるで自分が普通の少女では無いのだと言い渡されているような感覚を覚えてばかりだった。
 今更自分が普通に戻れる訳が無い。 もうずっと長い間その世界から遠のいていたのだから、今更戻ることは出来ない。
「何言ってるのよ!っていうか、着替え終わったの?見せて頂戴」
 しかしドランはそんなドルクの葛藤などお構いなしだった。 言うが早いか試着室の扉は何の前触れも無く勢い良く開かれた。 勿論そこに立っていたのはドルクの兄、ドランである。 あまりに突然のことにドルクはそれを止めることどころか自分の姿を隠すことさえ出来ずにただ振り返った体勢で硬直するだけだった。
「ド…ドラン…」
「あら、良く似合ってるじゃない」
「……」
 ドルクはからかわれたのだと思った。
「…冗談はやめて欲しい」
「アラ、冗談じゃないわよ…ただちょっと胸元が開きすぎね」
 顎に手を当ててドランは真剣に悩む表情をする。 からかっている訳ではないらしい。 その表情は自分の知る限りでは嘘偽りの無い本当のことを言う顔だった。 自分では全く似合っていないと思っている服を見下ろして、ドルクは少し考えた。
「…確かに、開きすぎだと思う」
「そうよね。アンタは胸がそんなに大きくないからこういう服はやめた方が無難だわ」
「…そ…そう…なのか?」
 そう言われても良く分からないのでとりあえずドルクは相槌を打つだけしか出来なかった。 その間にもドランの思考はひとりでに加速する。
「アンタみたいなのはちょっとくらい幼い印象の服で丁度いいのよね。 貧乳だし小柄だし、顔立ちも幼いし。 でもアンタのことだからレースが多い服なんかはイヤなんでしょ? だったらちょっとシンプルでラインがフワっとした感じの…」
 正直、その話にドルクはついていけなかった。 洋服について考えたことも自分に似合う服について考えたことも無い。 ドランの言うことが正しいかどうかはともかくとして、自分に口を挟む余地が無いことだけは明らかだった。
 そうやって黙って聞いていると、結論が出る前にもう一人の兄弟がその場に帰ってきた。
「おー!似合ってんじゃん!」
「…ドード?それは何?」
 ドランの後ろから顔を出したドードの手には山のように布が積み上げられていた。 その山のあちこちからは黒や白、果てはど派手なピンク色のレースが覗いている。 ドルクが今現在着ているのと同じ系統の洋服が山と積み上げられているのだった。
「ドルクに似合いそうな服を探してきたんだぜ!ちょっと見てみろよ!」
「…に…似合いそうな服…!?」
 言いながらドードが広げた服を見て、ドルクは頭が痛くなった。 濃いピンク色の可憐なワンピース。やはり胸元が開いていて、袖口がふわりと広がっているデザイン。 腰はコルセットで絞られていてスカートの丈は異常なほど短いようだった。
 こんなものが自分に着られる訳が無い。試着してみる気にすらならない。 一体ドードは何を考えてこんな服を持ってきたのだろうか。 到底理解するに及ばない問いに感じられた。
「分かってないわねぇドード」
 どう反応して良いか分からないでいるドルクに間に居たドランが口を挟んだ。 ドードが見せた服を指差して言う。
「こんな短い丈じゃダメよ。 ドルクの足はちょっと筋肉がつきすぎて見せびらかすには向いてないんだから」
「確かにちょっと短いけどさー、この袖の形とかすっげー良くね?あとさ、この…」
「そうねぇ…アタシもこのラインは結構好きだけど…でもこの…」
「あー確かにそうかも…じゃあさ、ここはこうで…そこは…」
 レースの沢山着いた服を指差しながら、二人の兄弟が白熱した議論を開始する。 服のことなどまるで分からないドルクは当然のことながら会話に置いてけぼりだ。
 自分自身の好みを言えば、動きやすければ何でも良い。 更に言えば、できれは緑や茶色のおとなしい色合いのレースの少ないデザインが良い。 ついでに言うならば、スカートよりはパンツスタイルの方が良いのが正直な感想である。
「…二人とも、ちょっと」
 熱く続く二人の議論を漸く遮ってドルクは言った。
「私は洋服のことは良く分からないけど…その服はあまり着たくない」
「そう言うと思ったわ」
「えー!?ぜってー似合うのに!」
 ドードの反論を聞いて少し頭が痛くなるドルクだった。 洋服の議論などしたことは無いけれど、自分の兄弟なのだからそのくらいの好みは理解して貰えていると思っていたのだが。
「アンタはドルクの好みが分かってないわね」
「俺はドルクが似合う服を選んで持ってきただけだよ」
「に…似合う…服…?」
 ドルクはピンク色のフリルワンピースをまじまじと見つめ、思わず自分がこの服を着ている姿を想像して眩暈がしそうになった。 今着ている青色のワンピースですらかなり抵抗があるのに、こんなピンク色の服など着られるわけが無い。
「ドード、アンタね…ファッションってものを分かってないわ。 洋服ってのは似合う似合わないだけじゃないのよ。 着てる人が気に入るか気に入らないかってのも重要なポイントなんだから」
「似合わないよりは似合うほうがいいじゃんか」
「それ以上に気に入るかどうかが重要なのよ。分かってないわね」
「でもドルクが気に入れば問題ないんだろ!」
 ムっとした表情でドードが言い返す。 ドードとドランは先ほどまで議論していた時とは打って変わってにらみ合いの体勢になった。 山の様に詰まれたフリルの服を通して二人の視線が鋭く交差する。
「そこまで言うならアンタ、一番ドルクに似合うと思う服を探してきなさいな。 アタシはドルクが一番気に入りそうな服を探してくるわ。 どっちの服が良いか、ドルクに選んでもらいましょう?」
「おう!その勝負、受けて立つぜ!」
「あ…え?私が選ぶ…?」
 ドルクが呆然と見守っている間に話は纏まっていた。 ドードは自然な動作でフリル服の山をドルクの腕に預け、ドランは手首をコキコキと鳴らす。
「それじゃあ…一時間後に選んだ服を持ってここに来なさいよ」
「遅れるんじゃねーぞ!」
 二人は不適な笑みを向け合うと、同時に別々の方向へと駆け出した。 そのあまりの素早さに止める暇はなく、ドルクは一人山の様な服と共に取り残されるという奇妙な状況に陥ってしまった。
「ちょ…ちょっと…」
 思わず一人呟いた後に、ドルクは心の中で叫ぶのだった。

(この服、私が元に戻すのか…!?)




ミニあとがき
ドルクさんは常に周りに振り回されている様なイメージが…
でも時々反対に誰かを振り回してみたりしてくれるといいなぁとか思ったり思わなかったり。
なんだかもう色んなエピソードが頭の中をグルグルして最後のまとめが上手くいきませんでしたorz
いつか書き直すかもしれない…なぁ…
ドードは自分自身はラフな感じの服を着るけど女の子の服はフリルフリフリのが良い!とか思ってたら可愛いなぁ…と妄想してます。

2009.3.12 ラストの方書き直しました。




top