二人の休日
2.秘密の話


 その日の夕食は大層豪勢なものになった。 ドナルカミ女王とドードが作ったカレーライスと肉じゃがに加えて聖樹が「食べたいから」と残りの芋で作ったポテトサラダ、ドナルカミ大王とドランが仕事先から持ち帰った魚の燻製の計四品。 しかも一品一品の量が普通ではないものだから食卓の上はさながら合戦場のようににぎやかなものになった。
 普通の人間が6人ならその倍の胃袋は満たせそうな量ではあったが、そこは普通でないドナルカミ一家。 そのくらいの量で丁度良いか、ドナルカミ大王の巨大な胃袋には少し物足りない気のするくらいの量ですらあった。
 そしてその食事で使われる食器の量もとても普通ではない。 普通の大きさのシンクにはあふれるほどの食器が重ねられる。 そしてそれを洗うのは愛妻家のドナルカミ大王の役目で、綺麗になった皿を拭くのは家事を練習中のドルク、食器を片付けるのはドードの役目。 夕食はこの一家にとって家族総出で行われるひとつの行事のようなものだった。
「ちょっとドルク、今良いかしら?」
 その行事を終え、割ってしまった皿を片付け終えたドルクをドランが呼び止めた。 振り返るとそこには彼女の二人の兄弟の姿。 ドランはシャワーからあがったばかりなのか肩にタオルを掛け、ほんのりと湯気を上げてバスローブを着ている状態だった。
「大丈夫だけど、何か?」
「明日と明後日は暇かしら?」
「剣の稽古手伝って欲しいんだよ!親父は剣とか苦手だからさぁ」
「明日と明後日?」
 二人の言葉に、ドルクはしばし考えた。 明日は水曜日で、明後日は木曜日。確か聖樹のアルバイトは毎週月、木、金曜日が休みだったはずだ。 それなら聖樹の誘っていた「買い物」は明後日の木曜日だろう。 聖樹の用事がどの程度の時間を要するのかは分からないが、先約を優先させるべきだとドルクは判断した。
「明日はいいけど、明後日は聖樹と約束があるから――…」
 剣の稽古は明日だけ――そう言いかけたドルクに、ドランが異常な反応を示した。
「聖樹と約束!?それって…それってまさか!」
 まるでドードがヒミコに豆を投げつけられたような反応だ…とドルクはそんなことを思った。 一体何故そんな反応を示すのか、理解ができない。 確かに自分もこの誘いはいつもとは少し違うような雰囲気を感じてはいる。 しかし流石にドランがこんなに驚くような事柄だとは思えなかった。
「詳しく話しなさいドルク!それって…まさか…!」
「い…一緒に買い物に、って誘われただけで…」
「買い物ですって!?」
 たじろぐドルクにはお構いなしにドランは一人でヒートアップする。 その表情はまるで雷に打たれたかのように驚愕の色。 ドルクはその反応の意味が分からずにひたすら困惑した。 そしてドードも同じように困惑し、口を尖らせて言った。
「おいおいドラン?買い物くらいでなんでそんなに驚いてんだよー?買い物くらい、いつも…」
「お子様は黙らっしゃい!」
 すかさず飛んだドランの一喝にドードは口をつぐんだ。
「いい?ドルク。あなた分かってないみたいだから教えてアゲルわ!」
 ドランが長身を折って腰に手を当て、ドルクに指をつきつけた。 一瞬身を引きながらも、ドルクの瞳は目の前の兄を見つめてその言葉の続きを待った。
「恋人が休日に二人で買いものに行く、っていうのはね…それは、デートって言うのよ!」
「デッ…」
 その不意打ちにドルクは言葉を失った。 たっぷりと5秒は黙った。そして、やっと言葉を吐き出した。
「デー…ト?」
 困惑をそのまま音にしたような声だった。 流石に世間知らずのドルクと言えどもその言葉とその意味くらいは知っている。 しかしそれを自分と結びつけることなど到底出来るものではなかった。
 『デート』と言えばいわゆる恋人同士の二人が映画を見に行ったり遊園地へ遊びに言ったりしてウフフアハハと仲を深め合うイベントだったように思う。 確かに自分と聖樹は恋人同士と言って差し支えないものだとは思うが、しかし…自分が世の恋人たちのように『デート』をする姿など少しも想像がつかないものだった。
 どうやらドードもドルクと同じ考えだったらしい。 ぐるぐると思考を廻らせていたドルクの隣で、突然ドードが吹きだした。
「ドルクがデート!?デートってアレだろ!クリスマスとかにするやつだろ!ドルクには似合ってねえよー!」
 そう言ってゲラゲラと腹を抱えて笑うドード。 少しばかり怒りがわいたが、確かにドードの言うとおり自分に『デート』だなんて似合わない。 今までの自分を思う。剣を握り魔物と戦って生きてきた自分。まさかその自分が、デート?これほど似合わない言葉は滅多にないだろう。 『果し合い』なら分かる。しかし、『デート』だなんて…
「お黙り!これは真面目な話なのよ!」
 しかしそんなドードにドランが激を飛ばした。 突然の叱責に大きく飛び上がって驚くドード。 口を噤んだドードを見て、ドランは満足そうに話を続けた。
「ドルク、ちゃんと準備はしてるんでしょうね?まさかいつもの服で行くつもりじゃないでしょ?」
「ふ…服!?」
 準備も何も、この誘いがデートであることすら気付いていなかったドルクだ。 何も用意などしていないに決まっている。 そんなドルクを見て、ドランはため息を吐いた。
「やっぱりね…そんなことだろうと思ったわ。明日の剣の稽古は中止にしましょう」
「ちょ…おい、ドラン!」
 突然の中止宣言にドードが抗議の声を上げるが、ドランは華麗にその声を無視した。
「代わりに明日はドルクのデート用の服を探しに行くわよ!ドード、アンタ街を案内しなさい!」
「はぁ!?何で俺が…」
「アンタ!自分のお姉さまのデートが失敗しても良いって言うの!?」
 更に口を尖らせたドードを、更にドランが押し込める。 ドルクを『お姉さま』だなんて思ったことは一度も無かったが、大事な『姉』であることに変わりは無かった。 その彼女がデートをすると言うのなら、そしてそのために自分の案内が必要なのなら、手伝っても良いとは思う。
「わ…分かったよ…服の店に案内すればいいんだな?」
「分かればよろしい。ドルクに似合う服のある店を教えなさいよ」
「おう!」
 目の前で続けられる会話に、ドルクは半ば呆然としていた。 そしてドランがドードとの会話を終えて自分の方を向いた辺りで漸く翌日の自分の予定が決定されたことに気がついた。
「ド…ドラン!しかし私は…服だなんて、そんな…!」
 ドルクはたじろいだ。 自分の服装のことなど考えたことも無い。 今まで着ていた洋服は全て女王かドランが用意したもので、自分で自分の服を選んだことは一度もない。 その自分が洋服の店に居ることなど、想像もつかない。 ましてや聖樹との『デート』に着る服を選びに行くだなんて…
「ドルク、アンタは自分のことが分かってないわ」
 目を白黒させるドルクの額をドランが長い指で突いた。
「アンタが本当は女の子だってこと、アタシにはお見通しなんだから!」
「し…しかし…」
「いいから明日は黙ってアタシに付き合いなさい。きっと聖樹もアンタが着飾ってくるのを期待してるはずよ!」
 畳み掛けるようなドランの言葉に、尚も言い返そうとドルクは口を開く。 しかし何も言葉は出てこなかった。 確かに、聖樹が『デート』のつもりで自分を誘ったのだとしたら…そうなのだとしたら、自分がいつもと同じ格好をして行っては、聖樹はがっかりするかもしれない。 ドルクは自分がどんな格好だろうが相手がどんな格好だろうが一向に構わないけれど、もしも聖樹が自分に期待していたのならいつもと同じ服で行くことはできない。聖樹期待に応えたい。
「…分かった。明日は、服を見に行く」
「そうこなくちゃあね!」
 観念してそう応えたドルクの前で、ドランはとても嬉しそうだった。 服を見に行くなんてことは初めてで不安に感じはしたが、たまには自分で服を選ぶのも良いかもしれない。 そう考えると自分の兄弟達と出かける明日が少し楽しみに感じられた。
「それじゃあ明日の予定を立てましょう!作戦会議よ!」
「おう!この町のことなら俺に任せろって!」
 勇ましく声を掛け合いながらドランとドードが階段を下りていく。 この借家には皆で囲んで相談できるような机が居間にしかない。 おそらくそこで話し合いをするのだろう。
 二人の兄弟がゆっくりと階段を下りる後姿を苦笑交じりにドルクは見る。 そしてひっそりとこんなことを思うのだった。

(どうか聖樹に今の話が聞こえていませんように…)




ミニあとがき
そして聖樹には聞こえてなかったけど女王と大王にはしっかり聞こえてて大王的にはちょっと複雑で「うーん…」みたいな顔をしててその横で女王がニコニコしてて…
なんてことを想像してます(笑)
ドナルカミ大王が実はかなり心配性の頑固オヤジならいいなぁ〜と思う!



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