楽しい休日
1.じゃが芋の調理法 「次のお休みの日、一緒に買い物に行きませんか?」 そう聖樹が言ったのはその町に滞在を始めてから二週間ほどが経ったある日のことだった。 宿に帰ってきたばかりの聖樹は顔を合わせるなりドルクにそう言った。 窓から差し込む赤い夕陽が照らし出すその顔は、心なしか緊張の色を浮かべている。思わずどきりとした。 ドルクは返答に詰まった。彼とともに旅に出てから今まで、一度もこんな風に誘われたことが無かったからだ。 聖樹と二人で買い物に行ったことなら何度もある。例えば、夕食の材料を買うためだったり旅の装備を整えるためだったり。 しかしそういった買い物にわざわざ日にちを指定することなどは一度も無かった。それに、ただ漠然と「買い物に行こう」と誘われるのも初めてのことだ。 聖樹が一体どういう意味で自分を誘ったのかが分からず、ドルクはわずかに首を傾げた。 「まぁ…いいけど…」 疑問符を音にしたようなその返答を聞くや否や、見る見るうちに聖樹の表情は明るくなった。 先ほどまでの緊張の色は消え、こわばっていた口許に笑みが浮かぶ。ドルクはますます首を傾げた。 「聖樹…?どうしたの?」 「いえ…!次のお休み、楽しみにしていてくださいね!」 満面の笑みを浮かべた顔でそう言うと、聖樹は階段を駆け上がっていった。 後に残されたドルクは聖樹の言葉の意味が分からずに階段の下で一人、首をひねっていた。 ドナルカミ大王たち一家と聖樹が旅に出てからすでに半年ほどが経っていた。 行く先々の町や村に一月ほど逗留しては仕事を探し、路銀を貯めて次の町へと旅たつ。 そういったことを繰り返しながら一家は住みやすい土地を探していた。 現在逗留しているこの町は今まで通ってきた中でも一番と言っていいほどの規模を持った町で、探せば仕事もすぐに見つけることができた。 聖樹はレストランでアルバイトをしているし、ドランとドナルカミ大王は狩猟のハンターの手伝いをしている。 ドルクも聖樹と同じレストランでアルバイトを始めたのだが、その仕事は長続きしなかった。 その様子を例えるならば編み物に挑戦する龍神丸か若しくは葬式に出るヒミコの様なもので…。 つまりは、彼女には向いていなかったのだ。 一日目に店の皿の四分の一を割りつくした彼女は次の日の夕方までにその記録を更に伸ばし、解雇された。 ちなみに割ってしまった皿の代金は、二日分のドルクの給料と三日分の聖樹の働きによって賄われた。 そして現在はドナルカミ女王を手伝いがてら家事の練習をしているのだった。 未だに皿を割らない日は無いがその数は徐々に少なくなてきていて、少しずつだが料理も覚え始めている。 だが聖樹に手料理をご馳走できるようになるまでにはまだかなりの時間が掛かりそうだった。 「たっだーいまー!」 扉が勢いよく開いてドードが駆け込んできた。まだ仕事が出来る年齢ではないドードは、毎日町の中を駆け回って遊んでいる。 しかし彼はただ遊んでいる訳ではなく、町の情報を集めたり雑用をこなす役割も担っていた。 例えば八百屋のオバチャンと仲良くなってオマケをつけてもらったり美味しい料理屋の情報を入手したりだとか。 人懐こく明るい性格のドードだからこそ出来る活動を行っている。 「あれ?オヤジたちまだ帰ってきてないのか?」 持っていた風呂敷を粗末な木の机の上に下ろしてドードは言った。 それに対して台所に立つ女王がおっとりとした声音を出す。 「そろそろ帰ってくるのじゃないかしら…さっき聖樹も帰ってきたから」 「ふーん…あ、これな、角の八百屋のオバサンがさーどーしても持ってけってさー」 早口に捲くし立てながらドードは風呂敷の包みを解く。中から現れたのは巨大な芋だった。 「まあ…ずいぶん大きいのね。ちゃんとお礼は言ったの?」 おっとりとした口調でドナルカミ女王が言う。手に持った白いエプロンを椅子の背に掛けて、しげしげと頂き物の芋を眺めた。 「勿論言ったって!こんなでっかい芋俺はじめて見たからビックリしてさー」 「今晩はお芋のお料理に決定ですね。カレーライスがいいかしら…?」 「えー!?俺カレーより肉じゃががいいな!」 ドルクは半ばぼんやりと二人の会話を聞く。 先ほどの聖樹の誘いが何か、気になって仕方がない。 買い物くらいなら…そう、角の八百屋に何買いに行ったりだとかで頻繁にあることなのだ。 それなのに何故わざわざ休日を使ってまで自分を買い物に誘うのだろう。 普通の男女の交際というものを知らないドルクには一人では解くことのできない難問であった。 「なぁ、ドルク!」 上の空の彼女の脳内に弟の声が割って入った。はっとして顔を上げるとドードの顔が目の前にあった。 「な…何?」 「カレーより肉じゃがだよな!ドルクもそう思うよな!?」 「は…いや、私はどっちでも…」 「どっちでもはナーシー!!」 「そうよ…ドルク。これは今夜の食事を決める大切な問題なのです。きちんと意見を述べなさい」 「そ…そう言われても…」 いいながら二人の顔がドルクに迫る。 左右から真剣な顔で睨まれてドルクは非常に困った。 カレーか肉じゃがか…どちらも好きでも嫌いでもないメニューだ。 どちらか片方を選べと言われてもどう選べばいいものか…どちらの肩を持てばいいものか、とにかく困ってしまう。 「ええと…」 「さぁ、どっち?」 「肉じゃがだよな!?」 更に迫る二人の顔。もうほとんどドルクの顔にぶつかりそうな勢いだった。 と、そこへ 「あれ?皆さんどうしたんですか?」 階段をゆっくりと降りてくる青年が一人。聖樹だ。 「お!いいところに!」 「どうかしたんですか?」 ドードは聖樹へと駆け寄った。開放されたドルクはこっそりと安堵の息を吐く。 「なぁなぁ!肉じゃがとカレーだったら、やっぱり肉じゃがの方がいいよな!?」 「カレーの方がいいですよね、聖樹?」 先ほどと同じ勢いでドードと女王が聖樹に迫る。 彼は一瞬驚いたように眉を動かしたが、机の上に広げられた風呂敷と巨大な芋を一瞥して納得したように頷いた。 「今日の夕飯の話ですね?」 「モチ!ドルクはどっちでもいいなんて言うんだぜー…絶対肉じゃがのがいいよな!」 「私はカレーが良いのだけれど…聖樹はどちらが良いのかしら?」 口々に迫る二人の前で聖樹は少し悩んだ後にちらりとドルクを見た。 聖樹の視線を受けてドルクは微かに肩をすくめる。 「そうですね…両方、というのはいかがでしょうか?実は私、すごくお腹が空いてしまいまして…」 「両方…」 その言葉を反復し、ドードと女王の二人は顔を見合わせた。 あの巨大な芋を使えばカレーと肉じゃが、二品目には十分足りるだろう。 余った時は翌日の朝食にすれば良いし、大王とドランがどちらを好むか分からないのだから両方作っておいても良いかもしれない。 「そうね…そうしましょうか」 「よっしゃー!じゃあお袋、俺手伝う!」 大喜びでドードは台所へ向かう。女王も、改めて椅子の背に掛けてあった白いエプロンを手に取った。 並んで台所に立つ二人はとても中が良さそうで、聖樹にはとてもほほえましく感じられた。 「今夜の夕食は豪勢になりそうですね」 「…そうね」 その後姿を見ながら、聖樹はドルクと顔を見合わせて微笑んだ。そしてこっそりと心の中でつぶやくのだった。 (本当はポテトサラダの方が好きなんですけどね…) ミニ後書き 本当は普通の短編のつもりだったのが余計な話が長くて前編になりましたorz っというかイメージが広がりすぎて前・中・後の三つに分かれそうな予感がしています。 聖樹が芋料理はポテトサラダが好き、というのは完全にイメージです。 そしてドルクさんもきっとポテトサラダが良かったと心の中で思っているに違いない! …という妄想 |