悪い予感


 耳障りな機械の音が何度も何度も繰り返し鳴っている。黙って聞いていたら頭が痛くなりそうな、音。自分でかけたアラームだとわかってはいても、その音を厭うのはやめられない。
 薄い毛布を握り締め、ゆっくりと頭を覚醒させる。低血圧な体が徐々にと活動を開始していく。
 ――…アラーム、止めなくちゃ…
 眠りを欲する体を叱咤し、緩慢な動きで体をベッドから引き剥がした。突如動かされた体に驚いた心臓がバクバクと激しく動き始める。体の動きがとても鈍い。体温の上がり切らない体に毛布を巻きつけて、ジョナ・マツカはアラームのスイッチを切った。
 裸足のままの足でベッドに戻ると一度そこに腰掛ける。心臓がまだ動き始めた体についていけないらしく、激しく鼓動していた。動くのが面倒くさい。体が非常に重たかった。
 ――なんだろう。
 朝が辛いのはいつものことだけれど、今日はいつもとは少し、違う。倦怠感はいつものことだけれど…なんだろう、これは。妙に息が苦しい…
 ふと気づくと、マツカは荒い呼吸をしていた。いつのまに…。起きたときから…?確かに起きたばかりで体を動かすのは辛い状態だし、マツカは虚弱体質ではあるけれどベッドから起きてアラームまでを往復するだけで息が上がるほど弱くはない。では、これは一体なんだろう…
 ――何か、くる…
 覚醒するにつれてゆっくりと、何かが頭の中を支配していく。それは、夢だった。
 ベッドで目覚める直前まで見ていた夢。内容はよく思い出せないけれど…なにかが来る夢だった気がする。しかもその『何か』はマツカにとってとても怖いもののような気がした。
 ――赤い色、と…黒い色…なんだろう。
 色のイメージが頭の中にぼやけて浮かぶ。大きな黒いシルエット。その中に一点、ポツリと赤い色が小さく点っていた。一体なんだろうか。
 ――怖い。
 ただの夢とは思えない。…何か起こるんだろうか。よく分からないけれど、何かが起こる…何かが、くる。そんな予感がした。
「おはよう、マツカ。…もう起きる時間だが、起きれそうかね?」
 ぼーっとした頭で考えていると、機械通信が入った。声の主は彼の上司で、何かとマツカに良くしてくれるこの基地の局長だ。マツカは今度こそ毛布を残してベッドを離れる。一瞬、体が冷やりとした。
「おはようございます…局長。大丈夫そうです」
「おぉ、それは良かった。だが無理は禁物だから、調子が悪くなったらすぐ言いなさい。…いいね?」
 マツカは目元を緩めた。荒くれ者の多いペセトラ基地で唯一この男だけが気を許せる…マツカに対して暖かい感情を持つ相手だった。
「はい、ありがとうございます…」
「それと…実は、やってもらいたいことがあってな。説明をするから後で私の所へ来るように。」
 その言葉にギクリとした。何だろう…妙な不安感が体を包む。先ほどの夢の恐怖に似た感覚。マツカは画面に映った局長の顔を見ながら一瞬凍りついた。
「…マツカ?どうしたんだね」
「あ…いえ、はい…大丈夫です。すぐに、支度をします…」
 局長の心配そうな声。それも、週に何度も貧血やら何やらで倒れたりよろめいたりしているマツカが相手だから、無理からぬこと。慌てた様な、申し訳なさそうな顔をしたマツカに、局長は暖かく微笑みかけた。
「まぁそんなに慌てることは無い。ゆっくりで良いから、ちゃんと朝食は取りなさい」
「はい、局長」
 通信を切ると、マツカはゆっくりとした足取りで顔を洗いに部屋を出た。
 その頭の中では、未だに不吉な夢の余韻が糸を引いて残っていた。



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