思い出せない


 一人用の狭い部屋で、細い手が工具を握る。赤と緑のコードを繋げてスイッチを入れては確認する。何度も、何度も。
「…クソッ」
 彼は一人の部屋で呟いた。
 ほんの少しの時間で出来る、簡単なマシン。その簡単な作業が――思い出せない。
 配線を変える。スイッチを入れる。…動かない。
 少し前ならあんなに複雑なロボットさえ作れたのに。段々と記憶が薄くなっていく…
 記憶?いや、違う。これは思い出だから消えていくんだ。
 技術記憶を消してしまう利点はイライザにはない。ただその技術が思い出に深く繋がっているのなら――話は別なのだろう。
 機械の造りかたを教える父の顔。嬉しそうなその表情に、彼の心も嬉しくなった。楽しい思い出…
「……ダメだ」
 どうしても、思い出せない。

 シロエは工具を机の上に投げ出すと、ベッドの上に仰向けに倒れこんだ。
 知識は忘れては居ない。それなのに、技術だけが思い出せないのはそれが父に学んだ大切な思い出だからだ。どうでもいい知識なんて、自分が本で読んで学んだ味気ないものでしかない…
 大切なものばかり忘れていく。忘れたくないものばかり零れていく。奪われる。
 見開いた両の目に映る天井が、滲んで見えた。

 ――思い出せない。



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