出会い


 部屋は真っ暗だった。
――え?
浮かんだ言葉が、闇に解けて消える。
状況はあまりにも異常だった。闇に沈んだ部屋。
本来なら今この時間のこの部屋は明るい電灯が灯り、その下にはテーブルに料理を並べる母の姿があるはずなのに。
――どういう・・・?
虚しい問いが心の中に次々浮かんだ。
状況が、理解できない。


 とりあえず、電気を点けよう。
彼は一応硬直状態から回復すると入り口近くの電気パネルを手探りで操作した。
普段このシステムは光源を察知し、一定以上の暗闇を感知したら自動で明りが灯る様になっている。
しかしシステム異常で明りが灯らないときは、こうやって手動でスイッチを入れることも可能だった。
システムの稼動する音が小さく鳴った。
静かすぎるこの部屋の中で、その音がやけに大きく聴こえた。
「・・・!」
彼は思わず息を飲んだ。
そこには、誰も――何も、無かった。
水色のテーブルクロスの掛かった机も、赤茶色のチェック模様のソファも。
普段見慣れたはずの部屋はまるで見慣れない光景へと変わっていた。
――一体、何が・・・
ふらっと足を踏み出す。
そこには踏みなれた絨毯の感触が無い。ただむき出しの塵一つ無い床が、足に痛かった。
――どうして・・・!
彼は弾かれた様に駆け出した。
居間を抜けると扉を叩き開け、階段を駆け上がる。
息が上がる。心臓が大きく波打っていた。
――嫌な、予感がする。
駆け上った先の扉を大きく開くと、そこにはやはり先ほどと似た様な光景が広がっていた。
幼い頃から使っていたベッドも、机も、椅子も無い。
開いたままのクローゼットの中には何も、掛かっていなかった。
――一体、何が・・・!
幾度目かのその問いを心に浮かべた時だった。
背後で、金属の鳴る音がした。
「!!」
とっさに振り返るとそこにはいつの間にか、銃を構えた男が立っていた。
一人ではない。見事な体躯の男たちが、皆一様にヘルメットに防護服、手には銃といういでたちで入り口を塞いでいた。
――何・・・
「撃て」
彼が口を開くより早く、引き金に掛かった指が動いた。
凍りつく瞬間。空を飛んだ沢山の弾丸は一直線に彼へと牙を剥いていた。
一言も発する間も、状況を理解する間もなく、彼はとっさに目を閉じた。
――殺される・・・!
心が覚悟を決めた、そのとき。

『目を閉じるな!』

若い男の声が響いた。
聴こえた、ではない。響いたのだ。
衝撃を受けたように目を開く。目の前に、一人の青年が立っていた。
窓から漏れる月明かりに照らされる銀色の髪、藤色の長いマント。
つい先刻には存在しなかったその不思議な青年を、彼は見上げた。
――何・・・が・・・?
「説明は、後だ。今はここを・・・脱出する。」
青年が肩越しに振り返ってそう、宣言した。
その彼の向こうにはまだ銃を手にした男たちが立っている。
しかし男たちはかなり戸惑っているようだった。
戸惑い・・・?いや、戸惑いと言うよりは、怖れの色が濃い。
――誰・・・
「ソルジャー・ブルー。」
――え・・・
「僕は、ソルジャー・ブルーだ。」
彼が何か言う前に、青年はその意図を察した様だった。
――一体・・・
「やはり、ミュウか!撃て!!」
彼の思考を遮るように、戸口に立ったままの男が叫んだ。
呆気に取られていたらしい男たちが慌てて銃を構えなおしてその引き金を引く。
銃口から火花が散った。
――危ない・・・!
「大丈夫・・・!」
彼は我が目を疑った。
青年が手を翳すと彼に向かって伸びていた弾道が、その手に遮られるように弾き返されてしまったのだ。
「クソォッ!」
男たちが動揺を隠せないままに更に引き金に力を込める。
爆撃音が響き、無数の銃弾が青年へと向かった。
「そんなものは無駄だ!」
青年が手を振るうと、銃弾が音を立てて弾かれた。
それだけではない。
不可視の衝撃波が放たれたかのごとく、戸口に立っていた男たちが一斉に背後へと吹き飛ばされたのだ。
階段を転げ落ちる音。怒声と悲鳴。
先ほどまでの騒ぎが嘘のように、部屋は一瞬で静かになっていた。
「・・・・・・」
青年は前に垂れたマントを後ろを払いのけると、ゆっくり振り返った。
窓から差し込む光で彼の赤い瞳が宝石のように輝いた。
「・・・立てるかい?」
言われて初めて、彼は自分が座り込んでいたことに気づいた。
あまりのことに腰が抜けてしまったらしい。
頷いて、差し出された手をそっと掴む。暖かい温度が伝わってきて、やっと安堵が込み上げてきた。
――さっきのは一体・・・
「彼らは・・・執行人、と言ったところかな。」
彼の思いを汲み取って、青年は悲しそうな瞳で返す。
どうやらやはり、目の前のこの青年は人の考えが読めるらしいとやっと思い当たった。
『あの・・・貴方は・・・』
「君を迎えに来たんだ。」
『迎え・・・に?』
「君は、僕たちの仲間だから。」
『仲間・・・?』
「そう。・・・君は、ミュウだ。」
『僕が、ミュウ・・・?』
彼は動揺を湛えた瞳でソルジャー・ブルーを見上げた。
真っ赤な瞳が、肯定の意を伝えていた。

「一緒に行こう。・・・リオ。」


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