Day Luck


「失礼します。」
何度目かのノックの後に、男は扉を開けた。
各所に備え付けられた蝋燭が、室内をオレンジ色に染めている。しかし、目的の相手はそこには居ない。
――収集にでも出かけているんだろうか?
そう思って、外へ出ようと振り返った。
「・・・・・・・・・。  何の、用?」
部屋の奥、開け放たれたままの暗がりの中からその声がした。
数秒のブランクを経て声の主が現れる。
年の頃はまだ16、7歳。しかし幼さを残すその顔にはやけに大人びた表情が張り付いていた。
「居らっしゃいましたか。・・・本日は、ギルドの依頼のご紹介を・・・」
「前にも言ったよ。・・・ギルドの仕事はやらない。」
ねめつける様に言って、手にしていたサボテンの棘を机の上へと置いた。そして扉の前のギルド員には一瞥もせずに棚を開く。
「・・・・・・そうですか。」
部屋の入り口で呟いたギルド員の事にはまるで構うこともせず、錬星素材を机上へと次々に並べていく。
所在なさげなギルド員は、とりあえず用意してきた依頼リストへと目を落とした。
どうしても今週中に手配しなければならない依頼があるのだが・・・どこを当たっても今は手が空いていない、とのことだった。それも、もうすぐ星誕祭だから仕方なくもあるのだが・・・
「・・・まだ、何か用が?」
思考の間を縫って、青年の声が耳を打った。視線を上げるとそこには机の前でしかめ面をする声の主。
「あ、いえ・・・」
その目を見て、改めて思う。
初めて会ったときに、その目を見たときに・・・そんな気がした。
――『彼』だ。
確証などありはしない。敢えて言うならば己の勘だけだ。
にも関わらず、この目を見るたびにそれは確信へと変わっていった。
なぜかは良く分からない。しかし、そんな気がしたのだ。
幾度となく声に出して尋ねてしまいそうになった。口を開いて、そのまま固まってしまったこともある。
しかし――本人すら知らないかもしれないそのことを、一体どうやって尋ねれば良いのか。
「・・・あなたは、何故ギルドの依頼を断るのですか?」
ふと、そんな言葉を口にしてみた。
男の調査によると、この青年が普段こなしている依頼と言えば彼の師から回ってくるものや商店街からの細々としたものが多いようだ。
それに対して何度も申し入れをしたギルドの依頼は大きいものも小さいものも何故か、一度たりとも受けて貰えたことがない。
偶然、という訳ではないだろう。わざとギルドを避けている様な気がしてならない。
そしてその『ギルドを避ける』という行為がまた――この青年を『彼』と結びつけていく。
――ひょっとすると、何かを覚えているのではないか。
そんなことを思ったりする。
「・・・何故、そんなことを聞くの。」
少しの間を置いて、青年はポツリとこぼした。
問いの主の表情は不思議そう、と言うよりは不快そうである。あまり答えるのに気が進まない様子。
「そうですね・・・」
ギルド員はふと目を細めた。
この問いかけには様々な思惑が在る。しかしそれを素直に言うのも憚られた。
それに正直なところ、本当にこの問いの理由がそれで当っているのか自分でも分からない気がしたのだ。
「何故、でしょうかね。私にもよくわかりません。」
「・・・。自分で言ったのに?」
「そうですね。恐らく、貴方程の腕がありながら当ギルドの依頼を引き受けて頂けないのが、悔しいからでしょう。」
「・・・・・・」
青年は不快な色を顔に表したまま、自分のつま先を見つめた。
その先にある床の上にはまだ少し新しく、明るい色をした木目が幾重にも楕円を描いてそこにある。
それを見つめながらじっと、沈黙が続いた。
「・・・・・・」
静かに、身動き一つせず考え続ける彼の答えを、ギルド員は待った。
「・・・多分」
かなり長かった沈黙を静かに、そっと破りながら青年が言葉を紡ぎだす。
顔が上がる。その青い視線が、ゆっくりとギルド員の視線とぶつかった。
「君と同じ、だと思う。何となく・・・よく分からない。」
「・・・・・・」
「敢えて言うならきっと、関わりたくないからだと、思う。」
「関わりたく、ない?」
鸚鵡返しに問いかけた言葉に、ゆっくりと頷いた。
「きっと君たちだけじゃなくて・・・本当は、誰とも関わりたくないんだと思う。・・・良く分からないけれど。」
そう言って、ふと息を吐いた。
静かに閉じられる瞳。眉間に少し寄った皺。何を、思っているのだろう。
ギルド員は静かに立ち尽くしたままその表情を見ていた。
何処か苦しげに見えるのに、同時に穏やかにも見える。不思議な表情だった。
「・・・貴方は」
再び広がり掛けていた沈黙を、今度は男が破った。
閉じていた目が開かれて視線が男の顔に集中する。
ギルド員は言葉に詰まった。
言おうとしていた言葉が、上手く出てこなかった。
「・・・貴方、は・・・」
何を言おうとしているんだろう。
分からない。けれど、何か・・・そう、聞きたいことが、あったんだ。この青年に。

「貴方は、今・・・幸せ、ですか?」

ぽつり、と。
最後の雫が零れ落ちた。
その言葉に青年は驚いた顔をする。
目を見開いて、ギルド員を見ていた。

「・・・そう、だね。」

そしてまた、ぽつりと言葉が零れた。
「幸せ、なんだと思う。」
言った青年の表情は、今度は苦しそうでも、悲しそうでも無かった。
ただ言葉通りの、幸せそうな顔。
それを見てギルド員の顔にも、初めて小さく笑みが浮かんだ。


「それでは、失礼しました。」
長い、しかし息苦しくない穏やかな静寂を裂いてギルド員がいとまを告げた。
手にした依頼リストの束を改めて整えて、ゆっくりと扉へ振り返る。
結局のところここへ来た目的は果たせなかったけれど。何故か彼の心には暖かいものが広がっていた。
「・・・待って。」
扉を半分開きかけたところで背後から静止の声が掛かる。
肩越しに振り返ると、青年が足早に、しかし音を立てない歩き方で近づいてくるところだった。
「・・・依頼、いいよ。」
「・・・え」
近づくと青年の背は男の肩ほどまでしかない。
見上げてきた視線を受けて男は一瞬驚いたがすぐに笑顔を浮かべた。
「よろしくお願いします。」





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<後に書く>
よし、書けたッ
この話の内容自体は一年位前からずーっと考えてたものです。
ところがどっこい(笑)流れが上手く書けなくて3回くらい書き直ししました。エヘヘハハ
やっぱりギルド員さん&ディラックとかって良い組み合わせだと思うんですよね。
カドルとかはもちろん最高だけどッ

タイトルの「Day Luck」は・・・実は、私が勝手に勘違いしたものです(汗)
初めに#50のイベントタイトルを見たときに名前だと気づかず勝手に「DayLuck??幸せの日とかそう言う意味かなぁ〜」と思ったりした訳です。英語に弱すぎだよ私。
このお話的には「ある日の幸せ」って感じの意味でいきたいと思います。アハー。

あ、えと、今更ですがディラックに「ギルド仕事を請けない」なんていう設定はありません・・・勝手な妄想です。
ただやっぱり自立した後は彼も仕事をするんだよなぁ・・・と思うと不安ですね(笑)
オールト以上に対話が苦手そうだからなぁ・・・

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