スパの意味を知る 2*オリジナルとレプリカとその仲間達 アッシュにとって、『スパ』と言うのは全く初めて訪れる場所だった。 広い空間に満たされた湿った空気。外は銀世界だと言うのに、それはとても暖かい。 タイル張りの床と広い温泉。木で作られたサウナ室。何とも、快適な空気だった。 しかし彼の表情は険しかった。それはもしかすると今現在の彼の服装と関係があるのかも知れない。 黒に赤で模様の入った水着。――それだけなら、まだ良い。 彼の普段着ている教団軍服の模様を模した様に見えるその赤い模様の下に、何故か『Nataria』と言う文字が小さく入っているのだ。 遠くから見ればその文字は見えないのだろうが、水着を手にとって一目見たアッシュは直ぐにそれに気づいた。 一体誰がこんな水着を用意したのか。――判るような気がした。 「ルー・・・えっ・・・アッシュ!?」 タイルの床に怒りのオーラを纏ったまま佇んでいた彼に声を掛けてきたのはティアだった。 何となく擦り切れた様な地味な水着に身を包んでいるが、それは全く彼女の美を損なうことは無く。むしろ身体にフィットしたその水着が彼女の普段現れない魅力を前面に押し出していた。 免疫の無いアッシュは思わず視線をティアの横にある天使の像に向ける。どうしても、眉が八の字の形を作ってしまう。 「俺をあんなレプリカと一緒にするな・・・。何故、俺を呼びつけた?」 ここに呼びつけたルークを思うとひたすら怒りがこみ上げる。わざわざ呼びつけておいて、説明もしないって言うのか? 「ルークから聞いていないの?」 「とにかく来いと言われた。理由の説明も無しに、な。あいつは何処に居る?」 「まだ着替えているみたいね。実はね・・・」 ティアはピオニー陛下からここの会員証を貰った経緯を話した。 その折に何故かアッシュの分まで貰ったと言うことも。 「何のつもりなんだ・・・」 思わず呟く。水着まで用意したりして・・・まさか、からかうつもりでという訳でも無いだろうが・・・ 「それにしてもアッシュ・・・あなた、本当にルークのオリジナルなのね・・・。」 「・・・?何を今更・・・」 ティアはじっとアッシュの顔を見ていた。 何の躊躇いも無いその堂々とした視線。別に気になるものではないが、自分の顔を見てあのレプリカを連想すると言うのはどうも腹の立つ事実だった。 「あら、アッシュ!着替えるのが早いですのね。」 花の咲くような声。頬が熱くなる。 そうだ。ここはスパ・・・今彼女は、水着を着ているのだ。 免疫が無さ過ぎるアッシュ。振り返りたい。が、ちょっと照れ臭い・・・ それでもゆっくりと振り返った。こっそりと水着の文字を手で隠しながら。 「ナ・・ナタリ・・・」 「なぁーんちゃって!!どぉ?似てた似てた??」 しかしそこには愛しの人は居なかった。 そこにはぬいぐるみを背負った一人の少女の姿・・・ 「・・・っ・・・・・・」 「アハハー♪アッシュってば、ナタリアの水着姿想像しちゃった??ざんねーん、まだ着替え中だよーっ」 ――騙された己が不甲斐ない・・・ 怒りがこみ上げた。しかし、こんな子ども相手に怒るのも馬鹿馬鹿しい気がする・・・ 「でも驚いたよ。まさかアッシュがねぇ・・・」 「・・・何だ。何が言いたい!?」 「べっつにぃー♪」 頭を振って面白そうに笑うアニス。 イライラが募る。一体、何が可笑しいと言うんだ。 「おやおやー。貴方もですか?」 そこへ。喰えない男が現れた。 「面白い水着ですねぇ?中々個性的で♪」 「・・・目ざとい奴だな・・・」 出会って一瞬でこの文字に気づくとは。 アニスが水着を見ようと覗き込む。アッシュは慌てて手で文字を隠した。 「お前こそ、何だその格好は?ふざけているのか?」 ベージュ色のバスローブに、スリッパ。 どうやら既に施設を堪能したらしい。肩には白いタオルを掛けている。 「いえいえ。私は至って真剣ですよ?」 「・・・。相変わらず、食えない奴だな。」 「お褒めに預かり、光栄です。」 「・・・。」 思わず黙り込むアッシュ。全くふざけた奴だ、と心の中で毒づいた。 この男を相手にすると疲れるし、イライラが更に募る。 こいつらと馴れ合うつもりは無いのに。一体自分は何をしているんだ? 「お、アッシュ!来たのか!」 声を頼りに顔を向けると、果たしてそこには自分のレプリカと金髪の男の姿。 ルークとガイ。 アッシュはその姿を見た瞬間に身体が凍りついた様な気がした。 しかしそれは相手――ルークもどうやら同じに見えた。暖かいスパの中に居るというのに、顔が蒼白になっている。 「お前・・・アッシュ・・・!」 「レプリカ・・・っ」 苦い声で。相手の顔を――いや、正確には、相手の頭を凝視しながら。 タオル。 髪を下ろすと邪魔だし、ルークと間違えられるから・・・と、付けたのだったが。 まさか、一体どういうつもりなのか。 何故――相手も同じことをしている? 「二人そろってダッサー♪」 「そんなところで似なくても良いでしょうに。ねぇ?」 交互にからかうアニスとジェイド。 その上ティアはちょっと気まずそうに顔を伏せるし、ガイは笑い出したい様な呆れているような微妙な表情だし・・・ 「・・・・・・っ」 アッシュは勢い良く頭の上のタオルを引っつかんで床にたたきつけた。 別にタオルが悪い訳でもないのだが。しかし、自分がルークと同じ行動を取っているのが苛立たしいのだ。 「屑が!何なんだお前・・・」 顔を上げて相手を罵倒しようとして・・・ぎょっとした。 床に落ちたタオル。二枚の。 まさか相手も同時に同じ行動を取ろうとは。しかも、今の自分と同じようにこっちをみてぎょっとしているとは。 「タイミングまで!すっご−い♪」 「興味深い所ですねぇ。」 顔が熱くなる。いくらレプリカと言っても、ここまで同じとは一体どういうつもりなんだ! 「この・・・っ!レプリカ!何のつもりだ!?」 「ハァ!?タオルが同じで気持ち悪ぃから取っただけじゃねーか!何でお前が怒るんだよ!!」 「屑が!!一々真似してるんじゃねぇ!!」 「真似してねぇよ!!俺はここに来る時はいつもこの格好なんだよ!!」 声を荒げる二人。 毎度のこととは言え、声の反響しやすいスパ内で聞くのは実に喧しい。 アニスもジェイドもガイも、苦笑いを浮かべて耳を塞いだ。 だが、ティアは違った。 「いい加減にしなさい、二人とも!!」 譜歌士の発声を馬鹿にしてはいけない。 ルークとアッシュを足して合わせても、ティアのその気迫と声量にはとても敵わなかった。 思わず沈黙する二人に、ティアは続けて怒りを落とす。 「こんなところまで来て喧嘩しないで頂戴!今日は休みに来たのよ?喧嘩しに来たんじゃないわ!」 わぁんわぁんわぁん・・・うるさく反響する声。 その余韻が去り、静まり返るスパ内。 声も出ず、ルークはただコクコクと頷きをティアに返す。アッシュは無言で了解の意を示す。 「全く・・・」 呆れた様にティアは腕を組むと、そのまま大きなため息を付いた。 ルークを叱るのは日常茶飯事だが、アッシュに怒鳴ることになろうとは思いもしなかった。 こちらは少しは良識があると思っていたのだが――どうやら、頭に血が上ると周りが見えなくなるのはどちらも同じらしい。 っと、そこへ。 「一体どうしましたの?・・・随分と、騒がしかった様ですけれど?」 花の咲く様な声が、割って入った。 「な・・・ナタリア・・・」 とっさに何も考えずに声の方を向いてしまった。 その目に飛び込んできた、あでやかな姿。 頭に巻いたバンダナ。 大胆に胸元の開いたビキニ。 腰周りを覆う青い布。 その美しさは、まさに南国の蝶・・・! 「・・・あら?どうしましたの?アッシュ?」 ボーっとした表情でナタリアを見つめる。 驚いた。まさか、一国の王女がこんな大胆な水着を着るとは! 「ナタリア・・・随分と・・・」 「あら?アッシュも少し大胆すぎると思います?私には似合いませんわよね。」 ナタリアは頓着無しで水着の肩紐に触れた。その仕草。雰囲気。 何だか頭が真っ白になる様だった。どういう気分なのか、自分でも良く判らない。ただとにかく、頬が熱くなるのを感じた。 「あ・・・いや・・・」 真っ赤になった顔を背けて、ポソリと呟く。 「良く似合ってる・・・」 「ですよね〜♪」 「ですねぇ。」 すかさずからかいに掛かるアニスとジェイド。 赤くなったままの顔でその二人を睨み付けるアッシュ。 その横でルークがタオルを拾ってまた頭に巻いている。 「今日は折角アッシュが来て下さった事ですし、たまにはゆっくりと楽しみましょう。」 南国の蝶は満面の笑みで言った。 |